今年のJ3リーグは試合数が少なく、一試合の重みが大きい。
ましてやコロナ禍という事もあり昇格を目指すチームにとっては慎重に計画を練らなければならないシーズンになっている。
FC岐阜は安間監督になり好調なスタートで今後も維持して欲しいものだ。
サッカーの勝ち点は3・1・0しかなく、昇格には3、残留には1が重要なのだ。
初日の笠松グラウンドでのトレーニングが終わりクラブハウスへ向かった。
自分自身、久しぶりのトレーニングだった事もあり興奮が未だ冷めないでいる。
待ちに待った現場復帰なので爽やかな気持ちになると思ったのだが、そんな事は無かった。
大きい声を出して選手を鼓舞し、煽りまくっていたので、いささか気持ちが悪い。
無理もない。この半年間は中学生や小学生、時には幼稚園児相手にサッカースクールしかやっていなかったのだ。
それよりも選手たちの反応が心配だった。
「初日からワァーワァー言うたけど大丈夫かな。選手たちの反応はどうやった?」
ハンドルを握る米田に話しかけた。
「僕は良かったと思いますよ。選手たちも北野さんの声に反応してたし。」
コーチの米田徹は経験のある指導者だ。
少し間を置く喋り方で考えて口に出すタイプの男だ。
「もう少し守備は行くところは行く、行かないところは我慢するメリハリが欲しいね。」
「これまでやって無かったですからね。選手たちも新鮮なんじゃないですかね。」
そんな話をしながら話題は守備の事が多かった。
クラブハウスに到着して、まずは風呂に入って汗を流さなければならない。
クラブハウスで風呂に入るのは京都サンガ以来だ。
熊本はJリーグに昇格したばかりで自分が監督の時に建設し始めたばかりで退任後にクラブハウスが完成した。
讃岐に於いては未だにクラブハウスが無い。
冷水とお湯で交代浴をする選手達と今日の練習の話をしながら風呂に入るのは良いものだ。
ピッチには無い、リラックスした雰囲気を選手達と共有するのは嫌いではない。
風呂から上がればすぐにスタッフとミーティングが出来るのもクラブハウスならではだ。
さぞかしスタッフたちは密に連携が取れているのだと思ったのだがそうでは無かった。
当然、いろいろな考えの監督がいて、クラブスタッフ全員の連携をそこまで必要では無いと考えている人もいる。
だが、コーチングスタッフと選手達だけがチームではない。
メディカルやマネージャー、通訳そして広報などフロントスタッフもFC岐阜なのだ。
そこには序列があるとしても、誰とでも話が出来るようにしておかなくてはならない。
これまでもそうして来た。これが自分のスタイルなのだ。
そうする事で表面では分からない事、知らなくても良い事まで見えて来る。
全員が仕事をするのが初めてなのだから丁度良い。先ずは彼らの懐に入る事からスタートだ。
スタッフは新しいボスである自分に対してどう思っているのだろうか。
会った事のない自分に対する先入観は相当あるだろう。
鉄火場のような熾烈な残留争いをしていた讃岐の監督しか彼らは知らないのだ。
しかし、それは自分も同じなのだ。
選手の質は、そこそこ有るが順位表を見れば必ず讃岐の近くにいたのがFC岐阜なのだ。
古橋亨悟、田中パウロ淳一など若い将来性のあるスピードスター。
パワフルで一人で打開出来る外国籍ストライカー。
そんな前線のタレントが活躍して、上のカテゴリーに引き抜かれるイメージだ。
高本強化本部長の目利きはたいしたもので久保裕也、宮吉拓実、原川力など京都サンガアカデミー出身選手のほとんどが高本のスカウトなのだ。
高本が獲得した質の高い攻撃的な選手を擁しながら下位に低迷して、讃岐でさえ手に届くイメージしか無かった。
先入観を覆すには時間を積み重ねるしかない。だが、時間など無いのを承知で引き受けたのだ。
米田徹コーチ、川原元樹GKコーチ、山内智也アシスタントコーチ、板金立樹分析担当コーチには早く自分の考えているサッカーを理解して貰わなければならない。
本来であれば板金がミーティングで使う、前節の「振り返え映像」と次節の「スカウティング映像」を作る。
だが、コーチングスタッフ全員で試合映像を見て、考え方を共有した方が早い。
守備ブロックの作り方、構造上の弱点、相手ボールの誘導の仕方などから始まり、サッカーの見方に至るまで夜遅くまで議論した。
そのせいでコーチングスタッフとはシーズン終了まで四六時中、一緒にいるのでは無いかというくらい長い時間を共に過ごす事になる。
次の試合はアウェイでレノファ山口だ。
明後日には山口県へ移動しなければならないので実質、練習が出来るのは明日だけになる。
さらには遠征メンバーを選考しなければならない。
「今回は無理だ。」スタッフに正直に告げた。
これまでの『3−4−2−1』システムから『4−2−3−1』に変更するには時間が無さすぎる。
残留の為に考えているサッカーどころか選手の名前と顔さえ覚えていないのだ。