2014年のJ2・J3入れ替え戦。対戦相手のAC長野パルセイロを分析した際、私の確信は揺るぎないものに変わっていました。 「JFLには、アンドレアほどの圧倒的な推進力を持った外国籍選手はいない」
カウンター一発で局面をひっくり返す。長野の守備組織が、彼の馬力に戸惑う姿が手に取るようにイメージできていました。 J2初参戦の我々は、Jリーグの洗礼を浴びました。意気揚々と臨んだ戦いは開幕14戦勝ちなし。勝利を目指しながらも泥臭く、勝ち点を奪う戦いにシフトチェンジしました。
低く構えた4-4-2のブロックで猛攻を耐え、少ないチャンスでゴールを奪う。まだまだ、戦術的には熟成されていない単調なサッカーで、とにかくJ2に残留することだけを考えていました。最終的にはカターレ富山を抑え、21位に滑り込み、2年連続の入れ替え戦が決まりました。
無言電話と「入れ替わりま戦」
この頃は、見知らぬ番号から無言電話や誹謗中傷のメールが届くようになりました。 メールには「責任を取れ」、「恥晒し」などはマシな方で、ここでは書けないような酷い言葉が並んでいました。
誰が、電話番号やメールアドレスを外部に流しているのか不思議ですが、正直とても哀しい、寂しい思いをしていたのを今でも忘れられません。 熊本の挫折から、年々ステップアップして、ようやく辿り着いたステージです。上だけを見て登ってきたチームを、今度は下に落ちないような戦いをさせなければならない。
映画『仁義なき戦い』で広野昌三が坂井鉄也へ言ったセリフ。
「狙われるもんより、狙うもんのほうが強いんじゃ」
【仁義なき戦い】わしら、どこで道間違えたんかのぅ
これまで、我々は狙う側でしたが、今回は逆の狙われる側です。映画では若衆頭の坂井鉄也はおもちゃ屋で射殺されましたが、我々は何が何でも踏み留まらなければなりません。
ネガティブになりがちな言葉をチーム全体で無くさなくてはならない。かといって危機感も植え付けなければならない。マネージメントは全然違いました。
この年にJ3ができていたので、降格してもJリーグクラブには変わりませんが、J2とJ3ではレベルも華やかさも雲泥の差がありました。 一年で降格させるわけにはいかなかったのです。
「入れ替え戦」よりも「入れ替わりま戦」の方が精神的にはキツかった。
エリートと「島流し」の因縁
この入れ替え戦には、さまざまな因縁がありました。カマタマーレ讃岐と長野パルセイロは地域リーグからのライバル。 2010年、優勝候補筆頭だった長野を下馬評の低かった讃岐が全国社会人大会決勝で勝ったのを皮切りに、続く地域決勝大会の予選グループ、決勝グループ共にすべて讃岐が勝ちました。
そして何より、2013年JFLで優勝したにもかかわらず、Jリーグ参入のライセンスがないために2位の讃岐が鳥取との入れ替え戦の末に、先にJリーグクラブになってしまいました。長野にしてみたら讃岐はまさに「目の上のたんこぶ」。今回は絶対に負けられない戦いだったのです。
また、ピッチ上の戦いとは別の、私個人の「因縁」がありました。 長野を率いていたのは、美濃部直彦氏。京都サンガ時代の先輩であり、共にアカデミーコーチとして働いていました。 しかし、その後の歩みは対照的でした。美濃部さんはエリート街道を突き進み、トップチームの監督にまで上り詰めた。一方で私は、クラブを追い出されるようにして京都を去り、熊本、そして讃岐へと流れ着いた。自分で自分を「島流し」と自嘲するような、泥臭いキャリアです。
私は、自分が納得できないものには平気で噛み付く。組織の論理よりも、自分の信念を優先してしまう。そんな私の性格は、組織の中では煙たがられる存在でした。 そんな自分の「出自」と「反骨心」を、私はあの男、木島良輔に話しました。 「良輔、俺もお前と同じやねん。まぁ、はみ出し者やな」 木島もまた、その溢れる才能ゆえに摩擦を恐れず、波乱の多いキャリアを歩んできた男です。
輩(やから)たちの無言の圧力
アウェイ戦の前日、夕食会場のテレビが我々の耳を劈(つんざ)きました。 長野のある選手が、讃岐の戦い方を揶揄するようなコメントを放ったのです。 余裕か、あるいは自信の現れか。その一言が、死に物狂いで残留を争ってきた我々に火をつけました。
試合当日、会場に到着してリラックスしていた時、外から大歓声が聞こえました。ホームチームのバスが到着したのです。 そこで数人の選手たちのとった、驚くべき行動に笑ってしまいました。 控え室からコンコースにわざわざ出て行き、通路の両脇に立ち、コンコースを通る長野の選手たちを、まるで「輩(やから)」のような、圧倒的な無言の圧力を掛けていたのです。
「美人局」と呼ばれたスタイル
押されていても一点とって勝つ。 相手からすれば、圧倒的に攻め込んでいたのに、知らない間に失点して負けてしまう。 ある方が言っていました。まるで「美人局」のようなサッカーだと(笑)。
誘い込み、油断させ、一気に仕留める。そんな我々のスタイルは、ヤンチャなヒール軍団と対岸の岡山県で名付けられるのは、のちのことです。
試合中、選手たちの表情は驚くほど落ち着いていました。ボールを保持されようが、シュートを打たれようが、自分たちの「形」に引き込んでいるという自信。J2で一年間、死に物狂いで戦い抜いたというプライドが、選手たちの足を一歩先へと踏み出させていました。
結果として、我々はJ2の席を守り抜きました。それは、戦術の勝利である以上に、「執念」の勝利でした。
2014J2・J3入れ替え戦 第2戦
試合終了のホイッスル。歓喜に沸くスタジアムの中で、「俺の生き方は、間違っていなかった」と、自分に向けられた刃を降ろせたのですが、翌日からは次の年の地獄が始まるのです。
生存戦略の正体
技術や戦術の指導以上に、選手には「逆境の強さ」を説いていました。エリート街道を歩むことだけが成功ではない。自分を研ぎ澄ますことができれば、必ず道は拓ける。 私と木島が、丸亀のピッチで見せたあの意地こそが、サッカーという競技、ひいては人生という名のピッチにおける「生存戦略」の正体なのです。
自分の信じたスタイルを貫き通すこと。揶揄された言葉を燃料に変え、ならず者たちが一つになって巨大な壁に立ち向かうこと。その先にしか見えない景色がある。 それは今も私の中に誇りとして刻まれています。
あれから10年、カマタマーレ讃岐と長野パルセイロは現在、J3リーグで鎬を削っています。 讃岐は専用のトレーニング施設ができ、長野には素晴らしいスタジアムができました。 今は、あの頃を知らないファン・サポーターも増えたと思います。
地域決勝の高知、市原臨海、JFLの丸亀、長野、そして入れ替え戦で熱く戦った雰囲気をJ3ではなく、J2の舞台で見たいと思うのは私だけではないはずです。
いつの日にか、招待券が届くのを心待ちにしています。

