2016年7月31日、カマタマーレ讃岐対モンテディオ山形。
センターバックが二人出場停止。苦肉の策で我那覇和樹をセンターバックで起用した。オシムジャパンで活躍した、元日本代表ストライカー。この試合が三回目のセンターバックだった。
前半センターバックとしてゴールを守り、FWにポジションチェンジして同点ゴールを奪う。守備だけではなく、高い足元の技術でビルドアップの起点になった。当時の讃岐にはなかったものだった。この試合は結局、仲間隼斗が後半50分にダイレクトボレーを叩き込んで2-1の逆転勝利。まるで漫画のような試合展開となった。この試合以降、我那覇はセンターフォワードに戻した。
なぜ我那覇はセンターバックができたのか。答えはシンプルだと思っている。
育成年代の指導といっても、ここ3年と大昔の京都サンガアカデミーの5年間。それ以外は20年ほど、ずっとプロ相手に現場に立っていた。育成年代の指導について偉そうなことが言える立場ではない。
ただプロから逆算した目で育成を見ている。それだけは言える。プロの現場で何が必要だったか。何が足りない選手が多かったか。その経験から逆算して子どもたちに向き合っている。

