サイトアイコン 腹の底から笑いたい

監督という名の孤独――「ノースリーブ」の2,000日を振り返って

下平隆弘氏のnoteを読みました。彼とは日立製作所(現・柏レイソル)時代のチームメイトであり、私にとっては今でも「可愛い後輩」の一人です。共にボールを追いかけた日々から数十年。彼もまた、Jリーグの指揮官という過酷な椅子に座り、私と同じ、あるいはそれ以上の深淵を覗き込んでいたのか……そう思うと、言葉にならない感情があります。

「結果が出なければ、その責任はすべて自分に返ってくる。どれだけ準備しても、そこは変わらない」

Jリーグの監督を引き受ける際、誰もがその覚悟を持って挑みます。しかし、実際に直面する「孤独感」という魔物は、想像を絶する重さでした。カマタマーレ讃岐での5年間、そのすべてが降格争いという薄氷の上での戦いでした。FC岐阜での半年を合わせると、約5年半。およそ2,000日。これほどのプレッシャーと孤独に晒され続けた時間は、私の人生において濃密なものでした。

「ノースリーブ」という現実と、強気の仮面

当時のカマタマーレ讃岐は、予算も環境も乏しい、地方の小さなクラブ。「無い袖は振れない」という言葉がありますが、当時の私たちは袖どころか、実際は「ノースリーブ状態」での戦いを強いられていたのです。そんな中で背負った「J2残留」という至上命令。

現場責任者である私の肩には、クラブの存続、選手たちの生活、そしてスポンサーやファン・サポーターの期待という、目に見えない巨大な岩が乗っていました。

私の性格上、人前では常に強くありたかったし、周りを盛り立てるサービス精神も忘れたくありませんでした。だからこそ、カメラの前では過剰なほど強気に振る舞い、勝てば爆発するように喜びました。でも今ならわかります。あの態度は、自分の中にある得体の知れない「心配」を必死に隠すための、精一杯の仮面だったのです。

街全体が「敵」に見えた日々

狭い地方都市で監督を務めることは、24時間「クラブの顔」でいることを意味します。成績が振るわなくなると、街のすべてが自分を拒絶しているように感じられました。

スーパーでの買い物、信号待ち。ふと目が合った人が、「北野、いつ辞めるんだ?」「お前のせいで負けている」と嘲笑っているのではないか……。そんな被害妄想が頭を支配します。誰かに何を言われたわけでもないのに、街全体が自分を解任したがっている「敵」に見えたのです。

私は決して、物理的に一人ではありませんでした。信頼できるコーチングスタッフがいて、フロントがいて、必死に戦う選手たちがいる。でも、それでも耐えがたいほどに孤独なのです。最終的な決断を下し、そのすべての責任を負うのは自分だけ。その事実は、どんなに周囲と笑い合っていても、消えることはありませんでした。

逃げ場のない焦燥

その孤独とプレッシャーから逃れるために、私は時折、愛車のハーレーダビッドソンに跨りました。エンジンの重厚な鼓動を感じながら、風を切って遠出をする。それは、監督という重責から自分を解き放つための、唯一の「気晴らし」のはずでした。

しかし、現実はどれだけ遠くまで走り、景色が変わろうとも、ヘルメットの中で蘇るのは次の試合の布陣、そして選手たちの顔でした。エンジンの音さえも、スタジアムの喧騒や批判の声に聞こえてくる。ハーレーで風を切っている最中でさえ、私は「監督」という檻から一歩も外に出ることはできなかったのです。

孤独を埋める「没頭」

孤独に押しつぶされそうになった時、私に残された唯一の対抗手段は「仕事に没頭すること」だけでした。

夜、一人きりの部屋で、ひたすら次の対戦相手の映像を貪るように見続けました。何度も、何度も。相手の癖、弱点、隙を見つけ出すまで、パソコンと向き合う。そして、それを叩き潰すためのトレーニングメニューを必死に組み立てる。

「これだけ準備したんやから大丈夫」

そう自分に言い聞かせるための、いわばお祈りのような時間でした。分析と計画に没頭している間だけは、自分を否定する自己嫌悪から逃れることができたからです。

静寂の深淵

アウエイ帰り、あるいはホームゲームの終わり。バスの中は、良くも悪くも喧騒に満ちています。選手たちが今日のプレーを振り返り、時には何事もなかったかのように冗談を言い合い、大きな声で笑っている。その切り替えの早さに、私は強いイライラを感じることもありました。「なぜ、こんなに悔しくないのか?」と。しかし、彼らには彼らの生活があり、切り替えもまたプロの技術です。

本当にキツいのは、そのバスを降りて、駐車場に停めた自分の車に乗った瞬間です。

車のドアを閉めた途端、それまでの喧騒、選手の笑い声……すべてが遮断され、完全な静寂が訪れます。その途端、押し殺していた孤独感が、凄まじい濁流となって私を押しつぶそうとするのです。

「世界中の人間が自分を否定している」

大袈裟ではなく、本気でそう感じていました。
あの瞬間の、大きな穴が空いたような、体中の血が冷たくなっていくような感覚は、二度と経験したくないほど恐ろしいものでした。

孤独の先に見えるもの

監督という仕事は、常に「矛」を持って戦うようなものです。自分を信じ、道を切り拓くための矛。しかし、結果が出なければ、その矛先は真っ直ぐに自分へと向けられます。自分を守る「盾」など、どこにもありません。

あの過酷な2,000日を走り抜けたことは、私の誇りです。どれだけ多くのスタッフに囲まれ、サポーターが背中を押してくれていても、最後は一人で責任を背負い、静寂の中で自分と向き合う。その孤独を知ったからこそ、私は人間として、指導者として、今、少しだけ深みを持てたのかもしれないと感じています。

現場で戦っている若い監督たちの背中を見ると、心から声をかけたくなります。 その孤独こそが、あなたが真剣に、命を懸けて戦っている証なのだからと。

私の2,000日は、孤独でしたが、最高に幸せな時間でもありました。
仮面の下がバレなくてホント良かった。

モバイルバージョンを終了