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シャンパンなき「ほわーだー」アンドレア

フランスではみんなにケーキを振る舞う

ある日のこと、練習が終わるやいなや、アンドレアと主務の成松勝利がそそくさとグラウンドを後にしました。
「何か急用か?」と気に留めることもなく、私は居残りの若手選手の練習に30分ほど付き合っていました。

暑さに耐えかねロッカールームに戻ると、そこには驚きの光景が広がっていました。
ケーキが並べられ、先に上がった選手たちが談笑しながらそれを頬張っているのです。
その中心でアンドレアがニコニコしながら、ケーキを切って青い長椅子の上に並べていました。

「今日は私の誕生日。フランスではみんなにケーキを振る舞うんだ」

東京訛りのカタコト日本語で誇らしげに言う彼に、イラッとして思わず突っ込みました。
 「なんでタメ口やねん。『振る舞うんです』やろ」
 そう言いながら受け取ったのは、舶来のお洒落なものではなく、果物も載っていない普通の生クリームだけのケーキでした。

「シャンパン」の幻想

アンドレア・ブレデとの出会いは唐突でした。
2012年、ジェフユナイテッド千葉・リザーブから獲得したといっても、正式なルートではありません。
突然、練習場に現れ、そこから交渉が始まったのです。
「まぁ、明日、練習に来たらええよ」 軽い気持ちで言った数日後には、彼の加入が決まっていました。

フランスといえば、かつてのミシェル・プラティニが率いた「シャンパンフットボール」。
スペインのポゼッション以前に世界を魅了した、華麗なパスサッカーの国です。
アンドレア自身も「テクニックとスピードには自信がある」と言うので、私は「ついにカマタマにもシャンパンの薫りが…」と期待を寄せました。

しかし、現実は非情でした。
はっきり言って、彼は「ど下手くそ」だったのです。

トラップはおぼつかず、パスコン(パス&コントロール)の練習を見ただけで「今日で帰そうか」と思ったほどです。
しかし、彼にはそれを補って余りある唯一無二の武器がありました。
「足だけは強烈に速かった」のです。

「ほわーだー」としての覚醒

私は彼にシャンパンの泡のような華麗なプレーを求めるのを即座にやめました。
代わりに、前線を這いずり回る「ほわーだー」として徹底的に鍛え上げました。

テクニックはなくとも、その爆発的なスピードで相手DFに襲いかかり、ミスを誘発し、泥臭くボールを奪い取る。
彼もまた、私の「アンチ・ポゼッション」な現実路線の象徴となりました。

そして迎えた勝負の3年目。
順調に勝点を積み上げ、長野パルセイロと熾烈な首位争いを繰り広げました。
当時、長野はJリーグ参入の権利を持っていなかったため、2位に入ればJ2の最下位チームとの入替戦に進めます。
その点において、どこか冷静な「余裕」がありました。

その頃には選手層も厚くなっていました。
木島良輔高橋泰大澤朋也は私の母校の後輩で、彼ら3人を攻撃の核にした4−4−2システムを採用しました。
スタイルは堅守速攻でファストブレイクいわゆるカウンターの精度を高めました。

「カオスのようなボール狩り」とも言えるアグレッシブな3-3-3-1システム。
しかし、J2の舞台を見据え、私はさらに組織的で洗練された守備網を張る必要性を感じ、システムを4-4-2へと変更しました。

私がこの4-4-2システムを採用した最大の利点は、選手の心理的な安定と、戦術の明確さにありました。

この「シンプルさ」こそが、チームを安定させる鍵だったのです。

このシステム変更により、攻撃の核を担ったのが、生粋のストライカーである高橋泰、一人でゴールを奪える木島良輔、そして攻撃と守備を繋ぐコネクターの大澤朋也の三人です。
守備ブロックの形成から、よりスムーズで精度の高いファストブレイク(カウンター)を可能にしました。

そして、かつて「ほわーだー」として前線を駆け回った西野泰正は、新たな任務としてセンターバックにコンバート。
彼の元々のアグレッシブさと危機察知能力は、最終ラインでより組織的な守備の強度を高めるために活かされました。
トレーニングは、ひたすら攻守一体のメニューを繰り返しました。
「奪ったら、前へ」、「奪われたら、すぐにプレッシャー」の意識を徹底的に植え付けたのです。

JFL2位の座を死守し、いよいよ運命のガイナーレ鳥取との入替戦へと向かうことになります。

運命のガイナーレ鳥取戦

JFLリーグの全日程はJ2リーグより一週早く終了しました。

J2リーグ最終戦、鳥取対ヴィッセル神戸を、顔写真入りのスカウティングシートを片手にテレビ観戦しました。
すでに分析は終わっていたので、これは最後の最終確認でした。

鳥取には良いタレントが揃っていましたが、我々が JFL で培ってきた守備の強度を持ってすれば、高い位置でブロックを組むことで押し込めると確信しました。

2013年12月1日、J2・JFL入替戦 第1戦。
 我々のホーム、丸亀競技場での一戦でした。
前半のシュート数は6対2と、試合を優位に進めました。

そして、後半開始わずか1分、デザインされたゴールが生まれます。

相手のロングボールをインターセプトし、木島良輔に渡ります。
木島が左サイドから精度の高いクロス。
ニアサイドで「ほわーだー」アンドレアが相手ディフェンダーを強く引きつけ、その空いたスペースに走り込んだ高橋泰が先制ゴールを決めました。

J2・JFL入替戦 第1戦

しかし、直後に失点を許し、結果は1対1のドロー。
アウェイゴールを与えてしまいましたが、J2相手に堂々とした試合をしてくれたことは、第二戦へ弾みをつけるには十分でした。

 熊本での挫折を超えて

2013年12月8日、鳥取のアウェイへと乗り込みました。

試合は緊迫した展開が続きましたが、チームは終始、讃岐を象徴する堅守速攻を貫きました。

ゴールは後半21分に生まれました。

我々がコンパクトにした中盤で、複数人でプレッシャーを掛けてアンドレアがボールを奪いゴールに迫ります。
一度はボールを失いますが、すぐにアンドレアが奪い返したボールを、山本翔平がクロス。
最後は第一戦と同じ、高橋泰がゴールを決めました。

J2・JFL入替戦 第2戦

前線から泥臭くハードワークし、奪われたらすぐに奪い返すという、熊本での挫折から私が学んだ「守備の本質」そのものが形になった得点でした。

この1-0の勝利により、合計スコア2-1でガイナーレ鳥取を打ち破り、カマタマーレ讃岐は悲願のJ2昇格を達成しました。

ポゼッションという「理想」を捨て、ひたむきな「現実」のフットボールを選んだ末に、私はJリーグの舞台に帰ることができました。

17試合無勝利とチーム崩壊の危機

スタジアムは活気に満ち、大勢の観衆に囲まれてプレーする光景は、四国リーグやJFLのそれとは華やかさが違うものでした。
ロアッソ熊本の監督を退任して以来、再びJリーグに帰ってきたという事実は、私にとって懐かしく、何よりも嬉しいことでした。

しかし、その喜びは、すぐにJ2という現実の厳しさによって打ち砕かれます。

対戦相手の個々の技術、パススピード、フィジカルコンタクトの強度、すべてが次元の違う強さ。
特に、相手チームの外国人選手は桁違いの能力を持っていました。

苦労して昇格したJ2の舞台。
しかし、開幕から厳しい戦いが続き、チームは17試合無勝利という苦しい状況に追い込まれました。
この状況で、私の思考は「勝つこと」よりも「勝点を得ること」が最優先となりました。

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