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「当たり前」という名の奇跡を生きる

あの日から、ちょうど15年が経ちました。

15年前の今日、私は香川県にいました。
カマタマーレ讃岐がクラブ史上初めて全国リーグであるJFLに参戦する、まさに歴史的なシーズンの幕開けを目前に控えていた時期です。
開幕戦の相手は町田ゼルビア。
アウェイの地へ向けて出発する、わずか2日前のことでした。

練習を終え、ふとテレビをつけたその瞬間。
画面に映し出されたのは、現実のものとは思えない、文字通り「未曾有」の光景でした。

当時はまだスマートフォンの普及もしていなく、今のようにSNSで瞬時に情報が分かる時代ではありませんでした。
緊急地震速報の音に急かされることもなく、私はただ、テレビで東北の景色を、呆然と立ち尽くして見つめていました。

特に胸を締め付けたのは、福島第一原子力発電所の映像でした。
そのすぐ隣には、私たちサッカー関係者にとっての聖地「Jヴィレッジ」があります。

京都サンガの育成コーチ時代、私は何度もあの場所を訪れました。
指導者ライセンスの講習、ナショナルトレセン、およびクラブユースの大会。
Jヴィレッジは、夢を追う少年たちと、それを支える指導者たちの情熱の場所でした。

中学生たちを連れて泳いでいた楢葉町の海。
楢葉町には決まった宿があり、夜になれば夢中になってカブトムシを捕まえたものです。
私にとっての福島は、懐かしい「日常」が詰まった場所だったのです。

それが、一瞬にして「非日常」へと変貌してしまった。
あんなに当たり前だと思っていた景色が、二度と戻らないかもしれないという恐怖。
恐ろしいことです。

人間という生き物は、非常に便利な脳を持っています。
どんなに悲しみや困難も、時間の経過とともに薄れさせていくことができます。

しかし、その便利さゆえに、私たちは大切な教訓まで忘れてしまいます。
あの時の緊張感も、どこか遠い国の出来事のように感じてしまう。
どれだけ注意を払っていても、交通事故のように、自分の意思とは無関係に降りかかってきます。

昨日まで笑っていた人が、今日はいない。
昨日まで走っていたグラウンドが、今日は使えない。
「当たり前」という言葉は、奇跡の上に成り立っています。

私は今年、59歳になります。
サッカーだけの人生。
多くの選手を送り出し、多くの勝敗に一喜一憂してきました。
「あと、どれくらい生きられるのか」
いつ終わるかわからない、いつ奪われるかわからない「日常」を生きています。

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そして今、私の目の前には、サッカーに真剣な女子中学生の選手たちがいます。

15年前、彼女たちの多くはまだこの世に生を受けていないか、あるいは物心がつく前の幼子でした。
彼女たちにとって「3月11日」は、教科書に載っている歴史の一ページであり、テレビの中の遠い出来事かもしれません。

彼女たちの「サッカーができる日常」が、かつて東北や福島の地から一瞬にして奪われたものであることを、私は指導者として、一人の大人として、伝え続けなければならないと感じています。

彼女たちに「悲しめ」と言いたいわけではありません。
今、思い切りボールを蹴れる自分の身体が、いかに尊いものであるかを知ってほしいのです。

私にできることは、彼女たちにサッカーを教えること以上に、当たり前のように過ぎ去る毎日に、どれほどの感謝を込めて向き合えるかということです。

頑張りましょう。

 

 

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