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冒険の終わりに見えたもの 弐

土地勘がさっぱり分からないので住む場所も決めず、必要最低限の着替えだけを持って新幹線に乗り込んだ。

契約事は代理人に任せ、フロントスタッフとメールのやり取りだけで事は進んでいた。

フロントスタッフも何かと忙しいだろうと思い、自分で『じゃらん』で検索して最寄り駅から五つ離れた南橋本という駅前に安いビジネスホテルを見つけた。

しばらくはここから電車に乗って通うことにした。

クラブハウスは最寄り駅の相武台下駅から徒歩10分ほどらしいのでタクシーに乗るほどでもなく、迎えは無用とメールで伝えていた。

駅から徒歩10分に話で聞いていたグラウンド、クラブハウス、寮が併設されてる施設があるのだという。

商業施設あるいは住宅街を抜けた所に。

きっと近代的なシュッとした建物に違いない。

綺麗に舗装された道路をオシャレな子供連れの家族が笑顔で自転車に乗っている。

大都会・神奈川を勝手に想像する自分がいた。

南橋本駅からJR相模線に乗り相武台下に向かった車窓から外を見ると一驚する自分がいた。

「なんか違うやん・・・」

割と近くに山が見え、緑色が目に入って来た。

しかも電車の扉には見た事もないボタンが付いていて、降りる人はそのボタンを押しているのだ。

そうこうしているうちに相武台下駅に着いた。

扉の前に立っていた自分はテンパった。

「開かんやん・・・」

動けない自分の後ろから手が伸びボタンを押した。

「プシュー」

自分の後ろの人が扉のボタンを押してくれたのだ。

扉が開き、慌てて電車を降りホームに立つと目の前は畑が一面に広がっている。

「想像してたんと違う・・・」

4両編成の電車から降りたのは自分を含め5人で無人駅の改札を抜けるとタクシーすらない駅前だった。

用水路と畑の間の道を抜け、少し細めの道路に出た。

その細い道路をダンプカーが走り、道路の両側は見事な畑だった。

「迎えも要りません。近いからタクシーじゃなく歩いて行きますよ」

そうスタッフにメールして勝手に想像していた自分が恥ずかしい。

畑の間の一本道で迷う事なく『ノジマステラフットボールパーク』に到着した。

近代的な建物ではなかった。

どちらかというと簡素な二階建てのクラブハウスと二階建てのアパートのような寮だった。

到着時間を伝えていたが誰も出迎えてくれていなかった。

玄関のドアを開けるとすぐに管理室のような部屋があったので声をかけると男性と女性の2人が出て来た。

この2人がフロントスタッフとコーチだった。

挨拶も終わり、これから仕事をする席に案内された。

先ほどの管理室がトップとアカデミーの部屋だったのだ。

狭い部屋に10人ほどのコーチングスタッフがパソコンに向かっていた。

ここにはマネージャーがいないのですべて自分たちでやらなければならない。

早速、コーチが練習着などを持って来てくれた。

「サイズはどうしますか」

「Lサイズでお願いします」

これまで自分のいたクラブはどこも敏腕マネージャーだった。

痒い所に手が届くがそのまま当てはまるような待遇を自分は受けていたと思う。

何でも先を見て余計なストレスがかからないように配慮してくれていたのだ。

急遽、FC岐阜に決まった時は岐阜の高田マネージャーが讃岐の正木マネージャーに連絡を取りサイズを確認して自分のロッカーに入れてくれていた。

そんな敏腕マネージャーたちのお陰ですっかり自分でやる事をしていなかった。

今日からは自分のことは自分でやろうと思いながら練習着を受け取った。

「うん・・・新品じゃない・・・」

受け取った練習着は新品ではなかった。

それどころか首のタグにはマジックで『NODA』と書いてあった。

前監督の名前だ。

「これ野田さんのですよね」

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